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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)4086号 判決 1985年3月27日

原告

岡本久徳

被告

加藤義幸

ほか三名

主文

一  被告加藤義幸、同西川勤、同松脇正彦は原告に対し、各自金七二五万九四四一円及び右各金員に対する昭和五九年四月二一日から支払済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

二  被告東京海上火災保険株式会社は、原告に対し、金四四〇万円及び右金員に対する昭和五九年四月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は主文第一及び第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告加藤義幸は原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年四月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告西川勤及び同松脇正彦は原告に対し、各自金八〇〇万円及びこれに対する昭和五九年四月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告東京海上火災保険株式会社は原告に対し、金四四一万九〇九二円及びこれに対する昭和五九年四月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年三月四日午前雰時八分ころ

(二) 場所 千葉県市原市姉崎一八〇八番地の八先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(袖ケ浦五五さ六三六〇号)

右運転者 被告加藤義幸(以下「被告加藤」という。)

(四) 事故態様 亡岡本昭三(以下「亡昭三」という。)は、事故現場道路を横断中、右方から走行してきた加害車両に衝突され、頸椎複雑骨折、左大腿骨骨折等の傷害を受けて、即死した(以下右事故を「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告松脇正彦(以下「被告松脇」という。)は、本件加害車両を保有し、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の規定に基づき本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告西川勤(以下「被告西川」という。)は、本件事故当日加害車両を被告松脇から借り受け、これを自己の運行の用に供していたものであるから自賠法三条の規定に基づき、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

(三) 被告加藤義幸は加害車両を制限速度(毎時四〇キロメートル)を三〇キロメートル余も超過する速度で運転し本件事故現場にさしかかり、助手席に同乗中の被告西川と雑談しながら漫然と脇見運転をしていたため、前方道路上を横断歩行中の亡昭三の発見が遅れ、急制動措置をとる間もなく同人に衝突したものであり、被告加藤には本件事故発生につき前方不注視及び制限速度違反の過失があるから民法七〇九条の規定に基づき、本件事故による損害を賠償する責任がある。

(四) 被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、訴外松脇理との間で、加害車両につき本件事故発生日を保険期間内とする自動車損害賠償責任保険契約を締結したから、自賠法一六条一項の規定に基づき、保険金額(死亡につき金二〇〇〇万円)の限度で本件事故による損害賠償額の支払をする責任がある。

3  損害

(一) 葬儀費用 金九〇万円

亡昭三の葬儀費用として金九〇万円を要し、同人の兄である原告がこれを負担のうえ支出した。

(二) 逸失利益 金三二八二万六四四五円

亡昭三は本件事故当時三八歳の健康な独身男子で、溶接工としての技能経験を有し、本件事故の直前までは有限会社井上鉄工所に勤務しており、事故当時はたまたま右会社を退職していて就職先を求めている折であつた。したがつて、本件事故がなければ、亡昭三は六七歳までの二九年間稼働可能で、その間少なくとも昭和五七年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計、三五歳から三九歳の男子労働者平均賃金である年額金四三三万六一〇〇円の所得を得られた筈であつたから、これを基礎として、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、亡昭三の逸失利益の現価を算出すると、次の計算式のとおり、金三二八二万六四四五円(一円未満切り捨て)となる。

計算式 4,336,100×(1-0.5)×15,141=32,826,445

(三) 亡昭三の慰藉料 金一二〇〇万円

亡昭三は本件事故により重傷を負つた末死亡したものであり、亡昭三の被つた精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては、金一二〇〇万円が相当である。

(四) 原告の身分関係及び権利の承継

原告は亡昭三の兄であり、他に亡昭三の相続人は訴外吉岡悦子(姉)及び訴外角田民子(姉)がいるのみであるところ、右三名が亡昭三の前記(二)及び(三)の損害賠償請求権を法定相続分(各三分の一)の割合で相続取得したが、昭和五八年一二月二四日、遺産分割協議により訴外吉岡悦子と訴外角田民子は、そのうち後記既払額を控除した部分を全て原告に債権譲渡し、右通知が、被告会社に対し昭和五九年四月一三日、被告加藤に対し同年同月二〇日、被告西川及び被告松脇に対し同年一二月一九日にそれぞれ到達した。

(五) 前記(一)ないし(三)の損害額の合計は金四五七二万六四四五円となる。

(六) 損害のてん補

原告、訴外吉岡悦子及び訴外角田民子は、加害車両の加入する自賠責保険から、損害のてん補として、合計金一四六八万〇九〇八円の、被告加藤から金九〇万円の各支払を受けた。

(七) 弁護士費用 金一五〇万円

被告らが損害額の任意支払に応じないため原告は原告訴訟代理人に本訴の提起追行を委任することを余儀なくされたが、本件事故との間に相当因果関係のある弁護士費用としては金一五〇万円が相当である。

(八) 右(五)及び(七)の合計額から(六)のてん補額を控除すると、残額は金三一六四万五五三七円となる。

4  以上の次第で、原告は被告らに対し、被告加藤は右の内金二〇〇〇万円、被告西川及び被告松脇は各右の内金八〇〇万円及び右各金員に対する昭和五九年四月二一日(被告加藤については本訴状送達の日の翌日として、その余の被告らについては本件事故発生日以降の日として)から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、被告会社は保険金の限度額(金二〇〇〇万円)から既払額金一五五八万〇九〇八円を控除した残額である金四四一万九〇九二円及び右金員に対する本訴状が送達された日の翌日である昭和五九年四月二〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告松脇)

1 請求原因1の事実及び同2の(一)の事実中被告松脇が加害車両を所有していたことは認め、その余の事実は否認する。

2 同3の(一)、(三)、(七)の事実は争い、同(二)の事実は否認、同(四)の事実中債権譲渡の通知のあつた事実は認め、その余は不知。同(六)の事実は不知。

(被告西川)

1 請求原因1及び2の(二)の事実は認める。

2 同3の(一)、(七)の事実は不知、同(二)の事実は否認、同(三)の事実は争い、同(六)の事実は認める。同(四)の事実中債権譲渡の通知のあつたことは認め、その余は不知。

(被告加藤)

1 請求原因1の事実は認め、同2の(三)の事実は否認する。

2 同3の(一)の事実は不知、同(二)の事実中亡昭三が溶接工としての技能経験を有していたこと、亡昭三が本件事故当時就職先を探していたこと、亡昭三が健康で通常の稼働能力を有していたこと、亡昭三が全国男子労働者の年齢別平均賃金程度の収入を引き続き得られる蓋然性のあることは否認し、その余の事実は不知、逸失利益の算定方法は争う。同3の(三)は争う。

3 同(四)の事実中債権譲渡の通知のあつたことは認め、その余は不知。同(六)の事実は認め、同(七)の事実は不知。

(被告会社)

1 請求原因1の(一)ないし(三)の事実は認め、(四)の事実中亡昭三が歩行中加害車両に衝突され即死したことは認め、その余の事実は不知。

2 同2の(四)の事実は認める。

3 同3の(二)は争う。亡昭三の年齢及び就労可能年数は認めるが将来の収入額は否認する。自賠責保険の無職者基準額である年額金一四〇万六四〇〇円を採用すべきであり、仮にこれが容れられないとしても亡昭三の最終稼働先である石井鉄工所における昭和五七年度の年収は金二二三万〇六五〇円にすぎず原告主張の賃金センサスを基準とすることは不合理である。生活費についても本件のように生活生計を異にし被害者の収入に依存する可能性の乏しい兄弟姉妹のみが遺族である場合には被害者の収入の遺族に対する寄与の割合は無きに等しいから、少なくとも七五パーセントを控除するのが相当である。

4 同3の(三)は争う。同3の(四)のうち原告らの相続関係事実及び債権譲渡の通知があつたことは認め、その余は不知。

同3の(六)の事実は認める(但し、既払額は後記のとおり合計金一五六〇万円である。)。同3の(七)の事実は争う。

三  抗弁

(被告ら)

1 過失相殺

亡昭三には深夜飲酒酩酊して安全を確認することなく車道上を横断した不注意があるから、損害額から過失相殺減額をすべきである。

(被告会社)

2 保険金の支払

自賠責保険からの支払額は、合計金一五六三万二四〇〇円(遺族に対し金一四六八万〇九一〇円、被告加藤に対し金九五万一四九〇円)であり、内訳は傷害分が金三万二四〇〇円、死亡分が金一五六〇万円である。

四  抗弁に対する認否

1  坑弁1(過失相殺)の事実は否認する。

2  坑弁2(保険金の支払)の事実のうち、自賠責保険からの支払額及び内訳の死亡分が合計金一五五八万〇九一〇円であることは認め、その余は不知。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがなく、同(四)の事実は原告と被告松脇、同加藤及び同西川との間に争いがなく、同事実中亡昭三が歩行中加害車両に衝突され即死したことは原告と被告会社との間に争いがない。

二  事故態様について判断する。

成立に争いのない甲第二号証ないし第八号証、原本の存在及び成立に争いがない乙第二号証によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件事故現場は、市原市白塚(北東)方面から同市椎津(南西)方面に通ずる車道幅員約五・六メートルで中央線が引かれ片側一車線の、歩車道の区別のあるアスフアルト舗装された平担な直線道路で、道路両側には商店及び民家が建ち並び、街路灯により夜間でも比較的明るい場所である。なお最高速度は毎時四〇キロメートル、追越しのための右側はみ出し禁止の各規制がされている。

2  被告加藤は助手席に被告西川を同乗させ、加害車両を運転して前記道路を白塚方面から椎津方面に向け時速約七〇キロメートルで進行し、事故現場手前にさしかかり、自車内のターボメーターに気をとられ前方注視を怠つたまま進行したところ、被告西川に声をかけられ約九・九メートル前方自車線内に亡昭三が右から左に横断中であるのを初めて発見し、急ブレーキをかけたがこれが効く間もなく自車前部を亡昭三に衝突させ、加害車両は右衝突地点から約三三・五メートル先の地点に停止した。

3  亡昭三は、飲酒のうえ血液一ミリリツトル中に二・二ミリグラムのアルコールを保有する状態で、前記道路をややふらつき加減に横断中加害車両に衝突され、頸椎複雑骨折等の傷害を受けて即死した。

三  責任原因

1  請求原因2(一)(被告松脇の責任原因)の事実中、被告松脇が加害車両の所有者であることは当事者間に争いがなく、他に特段の事情の認められない本件においては、同被告は加害車両を自己のため運行の用に供していたものと認めるのが相当であるから、自賠法三条の規定に基づき本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

2  同2(二)(被告西川の責任原因)の事実及び同(四)(被告会社の責任原因)の事実は当事者間に争いがない。

3  前記二に認定の事実によれば、被告加藤は加害車両を運転し、前方不注視及び制限速度違反の過失により本件事故を惹起したものというべきであるから、同被告は民法七〇九条の規定に基づき本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

四  損害

1  葬儀費用 金九〇万円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡昭三の葬儀費用として金九〇万円以上を要し、同人の兄である原告がこれを負担のうえ支出したことが認められる(右認定を左右するに足りる証拠はない。)ところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては金九〇万円を相当と認める。

2  逸失利益 金一六八八万七一三五円

前記甲第四号証、成立に争いがない甲第一〇、第一一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡昭三は本件事故当時三八歳の独身男子でアパートに一人居住し、昭和五一年七月ころから昭和五八年一月一二日まで有限会社井上鉄工所に溶接工として稼働し、昭和五七年度において年額金二二三万〇六五〇円の所得を得ていたこと、右鉄工所を退職後事故時までの間は求職中であつたことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、亡昭三は本件事故がなければ六七歳までの二九年間稼働可能で、その間少なくとも右離職時の現実収入程度の所得を得られた筈であるから、これを基礎として、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して亡昭三の死亡時における逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり金一六八八万七一三五円(一円未満切り捨て)となる。

なお、原告は亡昭三の所得について昭和五七年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計、三五歳から三九歳の男子労働者平均賃金である年額金四三三万六一〇〇円を基礎とすべきであると主張するが、亡昭三において右の所得を得ることができたであろう蓋然性を認めるに足りる証拠はない。

また、被告会社は亡昭三の生活費として七五パーセントを控除すべきであると主張するが、亡昭三が生活に必要な費用として右程度の生活費を要したことを窺わせるに足りる特段の事情は認められず、亡昭三の身分上及び生活上の諸事実、その他諸般の事情に照らし、賠償額を合理的に限定評価するため控除すべき生活費としては五割を相当と認め、被告会社の右主張は採用できない。

計算式 2,230,650×(1-0.5)×15.1410=16,887,135

3  慰藉料 金一二〇〇万円

亡昭三は本件事故により死亡したもので、諸般の事情を考慮すれば、亡昭三の被つた精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては金一二〇〇万円が相当である。

4  原告の身分関係及び権利の承継

原告本人尋問の結果により真正に成立したことが認められる甲第一二号証(被告松脇を除く被告らとの間では成立に争いがない)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告主張の身分関係事実(右事実は被告会社との間では争いがない。)、相続取得及び債権譲渡の事実が認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、被告らに対し原告主張のとおり右譲渡の通知がなされたことは当事者間に争いがない。

5  過失相殺

前記二で認定した事実によれば、亡昭三にも酔余左右の安全を確認することなく本件道路を横断していた不注意があるから、前記事故態様、現場道路の状況等の諸事情を考慮し、前記損害額から二割五分の過失相殺をするのが相当である。

前記1ないし3の損害額を合計すると金二九七八万七一三五円となるところ、右過失相殺をすると残額は金二二三四万〇三五一円(一円未満切り捨て)となる。

6  損害のてん補

(一)  原告らが、損害のてん補として、自賠責保険から金一四六八万〇九一〇円、被告加藤から金九〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

(二)  原本の存在及び成立に争いがない乙第三、第四号証及び弁論の全趣旨によれば、抗弁2(死亡保険金一五六〇万円の支払)の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

7  弁護士費用 金五〇万円

本件事案の難易、審理経過、認容額その他諸般の事情に照らし、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては金五〇万円が相当と認める。

8  原告の被告会社を除く被告らに対する損害額は、以上5及び7の合計額から6の(一)のてん補額を控除した残額である金七二五万九四四一円となる。また原告の被告会社に対する損害額は限度額金二〇〇〇万円から6の(二)の金額を控除した残額である金四四〇万円となる(自賠法一六条二項)。

五  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、被告加藤、同西川、同松脇は各自金七二五万九四四一円及び右各金員に対する昭和五九年四月二一日(被告加藤については本訴状達の日の翌日であることが記録上明らかな日、その余の被告らについては本件事故発生日以降の日として)から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、被告会社は保険金の限度額(金二〇〇〇万円)から既払額金一五六〇万円を控除した残額である金四四〇万円及び右金員に対する本訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年四月二〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本久)

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